日々思うこと。

日々の想いや感じたことを綴ります。

嘘つきは…今どきは政治家の始まり

このところのニュースで、政治資金不正流用や不倫問題などなど、問題があるたびに最初は不正はありませんとか、不倫はしてませんとか、平然と否定するが、後から色々出てくると一転、お詫びや雲隠れと言ったお粗末な結果に。

追求する方は馬鹿じゃないからそれなりの根拠を持って挑んでくるのに、当の本人はしらばっくれれば何とかごまかせるくらいの浅い考えで応対して、案の定と言った感じばかり。

他の人の末路を見て少しは学習して潔くするところか、涼しい顔して嘘をつく。

昔嘘つきは泥棒の始まりと子供の頃よくきいたが、今は嘘つきは政治家の始まりと言われても仕方がない状況。

本来尊敬されるべき存在がこれじゃ終わってる。

おまけに問題を起こしても辞めるどころか何とか雲隠れしても辞めずに居残る往生際の悪さ、人の見本になるところか反面教師が関の山。

金と権力・肩書きの亡者の性根が悪い人間がなる職業さえ思えてくる。

こんな状況でこの先日本は本当に大丈夫なのだろうか、根拠がない楽天主義の人はさて置き、とっても心配になるのは自分だけだろうか…。

今時は子供に関わらないのがいい?

最近のニュースで有名人が静止しても言うことを聞かない子供を叩き批判殺到なものを見たり、問題をおこす子供に体罰で問題になったりと子供に対する虐待と言われるニュースをよく聞く。

 

乳幼児への暴力や虐待は許されない行為であることは、当たり前だと思うしし逮捕されても当然のことだと思う。

悪い事や危険な事の判断がまだつかない年齢に大人の判別と同様のレベルを求めるのはおかしいし、どう言うことかを教えるべき年齢なのだから、すぐに暴力は絶対にするべきではない。

 

しかしこれが中学生くらいになってくると話は違う。

注意されると言うことはどう言うことかはわかる年齢であるし、それがどういう結末を迎えるかある程度わかる年齢のはず。

それまでのしつけで何をしても許されるような過保護な育て方をしていれば別かも知れないが…。

 

そんな年齢で注意は聞かない、口ごたえはする、静止は聞かない…という状況になれば言葉が通じないとして叩くくらいのことはすると思う。

動物と一緒のレベルなのだから、

 

それが叩くと暴力だとか体罰だとかと大騒ぎ。

叩かれた方は自分が悪いのにも関わらず被害者扱いでしめしめ…。

自分が悪くても悪態ついて大人を怒らせ挑発し、手を出したら騒ぐ子供は少なからずいる。

しかも最近はネット活用でさらに騒ぎを起こすことも。

 

それなら大人はどうしたらいい?

理想論語って立派な大人きどりの人はさておき、現実はそんな甘いものじゃない。

であれば最低限のこと以外はできるだけ子供に関わらないというはどうなのか?

叱るような場面に遭遇したら、相手に真剣に向き合って批判されるようなことになるくらいなら、いっそ相手の子供の存在自体無いものとして無視するのはどうなんだろう?

 

そもそもそういう子供にならないようにしたかするのが親の責任のはずだが、しつけの放棄で叱らなければならない時は子供に嫌われたくないと言う理由で、「〇〇さんに怒られるよ」とか、「〇〇ちゃんは悪くないけど相手が怒るから」など、訳のわからないしつけができない親に問題があるのだけど。

 

この過剰な扱いの前に、ちゃんと経緯を確認して、それは叩かれてもしかたないと言える社会にすべきだと思うのだけど。

このまま進めは子供に関わらない事がいいという社会になるのではないか。

個人的には子供がすきなだけにちょっと残念な…。

影響力がある人は理想論の妄想ではなく、もう少しリアルな意見を言ってほしいなと思う。

自己防衛の人批判は見苦し過ぎる

東京で働いていた時、特に女性に多かったのだが、本人がいない時に

「あの人良い人ですきなんだけとあ、〇〇なところが嫌なんだよね。」

とか

「あの人良い人だけど、〇〇だから関わりたくないんだ」

とか

相手の事を取り敢えず良く言いながら、その後思い切り批判。

真逆の発言が飛び出す人が結構いた。

 

取り敢えず私は相手の悪口を言ってませんよとアピールしたいのかよく分からない前置きがつく。

でも言っている内容はどう聞いてもただの悪口。

陰口の悪口なのに聞いている相手には、自分の印象を悪くしたくないのか苦しい前置きから始まるのはなんなんだろうといつも不思議に思って聞いていた。

 

自分は悪く思われたくないと思うのであれば、最初から黙っていればいいのに…。

いつもそう思いながら聞いていた。

そんな話し方をするあなたは相当腹黒い人で、自分かいない時なんて言われているかわかったものじゃないな。

そんなことも考えながら。

 

変に自己防衛をしながら人を批判するのは見苦しいとしか思えないけど、そんな対応に乗っかり同じ口調で話す人がいるのが怖ささえ感じた。

 

中途に相手のフォローするくらいなら、言いたいこと最初から言えば?

余計感じ悪いけど。

はっきり人の方がまだ感じ良いよ。

 

と思うのだけど…。

自分は感じ悪くないとでも思って話してるのかな。

 

怖い怖い…

人に必要とされるということ

障害者となって多くの人が去っていき、これまでの仕事が出来なくなり、代わりに出来る仕事もなかなか見つからず、どんどん家に引きこもることが多くなった今。

日常生活の中でも今まで出来たことが難しくなり、自分が出来なさに愕然。

このまま生きていて良いのだろうか?、これからも生きていていいのか?などと思う日々。

こんな自分はこの社会に不要な存在ではないかと思ったり。

 

そんな中でも「生きていればそのうちいい日が来るよ」と言ってくれる人がいるが、心の中では「そんな訳ないよ」と思う自分がいる。

自分は同じ立場にないからそんな無責任な事が言えるんだと。

 

そんな時、こんな事出来そう?と言われることがたまにある。

動く体の部位だけで出来そうな内容で、「この人は難しい条件の中、出来そうな事を探してくれたのか」と思うと感謝の気持ちと同時に、こんな自分でもまだ必要としてくれる人がいるんだなと、まだ生きててもいいのかな?と。

 

人に必要とされていると思える時、それはとても嬉しく、自分の存在をまだ認めてもらえてると思える貴重な瞬間。

 

それなのに、中には健常者であるにも関わらず、自ら人との接触を断ち、自分の存在を曖昧にする人がいる。

ただ嫌な事から逃げ努力もせず、他人のせいにして正当化して。

 

頑張れる体があるだけまだいいのに。

頑張りたくても頑張るには難しい体でも頑張ってるのに。

人に必要とされるには何もしなくていいわけはない。

みんな少なからず努力したり嫌な事を我慢してるのだから、楽してわがままでは何も解決する訳がない。

 

人に必要とされること。

それは生きていく中でとても大切なこと。

自分の存在理由を示すことにもなるし。

 

後からどうしようもなくなってから、後悔するのではなく、後悔する前に頑張れる体の時にやれる事をやっておくことで、万が一の時少してもじぶんを必要としてくれる人がいてくれると思う。

 

本当に辛い時、人に必要とされてると思えることは想像以上に大切ななことに感じるから。

根拠のない理由を信じる人

仕事の中でよく相手から言われたこと。

 

除菌剤の説明をした時

こっちの製品は弱酸性の良い製品ですがそちらの製品は?と

 

…は?

弱酸性だからなんだというの?

PHと製品の性能は関係ないしましてや弱酸性は除菌能力に何の意味があるのかさっぱり理解できない。

 

強いて言えば、あるCMで肌と同じ弱酸性で肌に優しい…と言う全く関係ないフレーズを思い出したくらい。

 

実際の除菌はアルカリ性のものが効果が高いことは周知の事実だし、成分の特性で菌やウィルスへの効果が違う。

アルコールは対応するものは限定されるし〇〇ブリーズは論外。

クレ〇〇ンは環境に厳しく問題あるし…と何となく意味のない広告に踊らされている人が多すぎる。

PHが弱酸性でも体に悪い成分はある。

PHではなく成分次第という事を自分の都合がいいように表現してることをわかってない。

 

理解せず大手企業の製品だから大丈夫とか、ふわっと根拠がないことを鵜呑みするとか根拠がない理由を信じてる人におもう。

 

ちゃんと勉強しろよ!

根拠くらいおさえておけよ!

 

こんな感じでいい加減な理由をもっもらしく宣伝して買わされてる消費者の間になれよと思うのだけど、そんないい加減なところが意外に多く存在しているのに驚いた。

有名企業深め。

意味のないアルコール消毒信者

昨今聞く食中酒問題。

ノロウイルス感染などの予防や対策にアルコールを使っていますと言う人が多い。

 

でもアルコールで除菌してますは効果あるの?

なぜアルコールを使うと大丈夫だと思うの?

 

食中酒関係、ノロウイルスはアルコールが通用しないことが実は多い。

しかもアルコールが有効なものであっても濃度が約80%以上でなければ効果がないのは専門家には周知の事実。

そんな濃度のアルコールを実際使うとなると臭いはキツイし手荒れはするし、火気類があれば火災の恐れもある。

効き目は定かでなくしかも扱いにくいものをなぜ使うのか。

たぶんみんなが使ってるからとか、たくさん売っているとか、大手メーカーが販売してるからなんてことではないだろうか。

そこには具体的な根拠がない。

 

大手メーカーを信じるのもいいがそれが間違いというケースは少なくない。

また感染館やウィルスはどうして広まるのか。

もの伝いに広がるのは少なく、多くは飛沫感染や空間浮遊感染など。

空間対策や菌やウィルスにきちんと効果があるものを使うことが大切なことではないか。

 

そう言うと高価だからという人もいるが、いざ感染者を出して大きな損害を出したり子供やお年寄りが感染者となり大変な思いをするのであれば安いものと考えられないのか。

 

自分は大丈夫と根拠がない自信やなってから考えるという能天気な人はさておき、年々ウィルスなどにとって快適な環境になっている日本、特に免疫力がない国民なのだから、正しい知識を持って対策してはどうかと思う。

 

意味のないアルコール信者はそろそろ辞めてはどうだろう。

 

日本企業は二番煎じが好き

iPhoneをはじめ新しいコンセプトや今までにない商品をアメリカを中心に海外企業が販売し、グローバル化する昨今、日本発のものはほとんど目にすることはない。

海外ではじめて販売された商品、実は日本人の発明やアイデアのものがインテルマイクロチップをはじめ結構多いのに…。

日本企業が発売しグローバルスタンダードをとることさえ出来たはずなのになぜ?

 

それは日本企業ははじめてが嫌いだから。

海外企業ははじめてはビジネスチャンスとして捉えるが、日本ではリスクとして捉える。

チャンスをどうすればより成功に結べるかと考える海外に対して、日本はまず失敗したらが先に出る。

まだやってもいない事を失敗したらというところから始めては物事進むわけはない。

リスクヘッジと言うけど、過剰な否定をする様はただのビビリ。

日本のサラリーマンは波風立てずに大人しくする事が出世の秘訣という話からも日本企業の体質がうかがえる。

 

他で成功を収めたものを見て真似するのは得意なのは日本企業。

ただ最近は中国はじめ他の国が真似する技術が身につきしかも日本より安価で出来るようになったので、その商法が通用しなくなってきて結果ジリ貧になる、赤字て撤退…。

そんな事がどんどん増えて今ではものづくり日本のイメージすら影が薄くなっている。

成功企業は中国人に買われ、何もなくなってからどうしようとなるような…。

 

そろそろ二番煎じの成功例の後追い商法ではなく、オリジナルを発信出来る体質に変化してはどうだろう。

何もしなければ出世出来なくなれば少しは変わるのかな。

 

相当難しい話ではあるけど。